大東流のあゆみ
寄稿:至誠館 初代館長 佐野 松雄
大東流合氣武道は、古くは源家に伝わる兵法にその発祥を遡り、源氏の大将源頼義の三男・源新羅三郎義光(義経の伯父)が白拍子静御前の優雅な、しかし一分の隙もない舞の動きを取り入れて完成させたと聞き及んでおります。
その後甲斐源氏武田家の甲州兵法となり、さらに会津藩において永い戦国時代の経験にもとづき、研究、改良を重ね集大成したもので、藩外不出の伝統を守ってまいりましたが、明治維新後、三十五代宗家・武田惣角によって初めて世に公開されました。
武田惣角の身長わずか150cmに満たない小柄ながら日本全国を武者修行して歩き、明治、大正、昭和の三代に亙り陸海軍将官、警察、裁判官、その他地方武道家、有力者等に普及、指導しその門人には、武道界活躍された方々が多数居り、生涯に教えた門弟数は参萬名と云われております。
しかし戦後の混乱期に一時活動を休止。「幻の武道」と云われた時期がありました。それを憂いた武道家、有志等からの強い要請と、女傑中川いせ氏の働きかけで、昭和27年、我が恩師である武田時宗 宗家が、再会、一般大衆、青少年等にも公開され、大東流合気武道はその伝統ある正しい姿を、再び私たちの面前に現しました。
私も、大東流「門下生募集」このことを知り当初より武道にあこがれていたので、迷わず入門しました。昭和29年のことです。今でいうなら第1期生で25歳の時と記憶しております。
以降、武道を通じて「愛と平和」の精神をもって人格の完成を目指すこと、また護身術として役立てることを目的とし、居住地北海道網走を拠点にその普及、指導に邁進してまいりました。当館でもその精神を受け継ぐ者達が、日々稽古に励んでおります。